Environmental Systems Lab. 2008
環境システム研究室 2008年度 卒論題目案
指導教員:花木啓祐(教授)、栗栖聖(講師)  受け入れ人数:1〜2名
 
環境問題は70年代に起こった公害問題のように、エンドオブパイプで有害物質の放出を食い止めれば済む、といった単純な解決方法では、対応が不可能な複雑構造を持つようになってきている。温暖化の問題は、次世代以降に対しもたらされるリスクであり、削減目標達成に対する、現世代の対応意識は必ずしも高いとはいえない。そのため、意識を喚起し行動にまで結びつけるための有効な政策提案が必要といえる。複雑な現代の環境問題を読み解き、また解決法を提示するためには、従来の型にはまらず、新しい発想により、物事を包括的に捉える研究が必要とされている。環境システム研究室では、そのような社会的渇望に答えるための研究として、今年度以下の大きく2分野に関する題目を提示するが、必ずしもこれらに拘る必要はない。学生からの自主的なテーマ提案の相談にも応ずる。研究を熱くかつ冷静に、自主的かつ貪欲に遂行できる学生を大いに歓迎する。
 
(以下、画像はクリックすると拡大画像が見られます)
 
1)カーボンマネジメントに関する研究
京都議定書の第一約束期間期限が近付き、国際交渉レベルでは第1約束期間以降(ポスト京都)の長期的な削減目標とその道筋の議論が始まっている。しかしながら、我が国の温室効果ガス排出量は2006年度にて13憶4100万tと、基準年度比6.4%の増加となっている(下図参照)。産業部門では、すでに多くの温室効果ガス削減取り組みが行われている一方で、運輸や家庭部門では、排出量の伸び著しく、対策を強化する必要がある。二酸化炭素排出量を大幅に削減した社会を構築することが必要であることに対して、社会の合意が形成されつつあるが、いまの課題は、どのようにしてそれを実現するかである。本テーマに則し、本年度は具体的には、以下の1-a〜cの題目案が考えられる。

我が国の温室効果ガス総排出量の推移(環境省, 2008)

日本における部門別CO2排出量の動向(1990年→2000年)


 
1-a) 都市の二酸化炭素排出削減戦略(非実験)
二酸化炭素の発生の大きな場である都市に対しては、個別の技術導入とは別に都市としての対策が必要であることが指摘され、ロンドンでは積極的な施策がとられ始めている。本研究では、実際の都市を取り上げ、そこに対する省エネなどの技術面の対策、都市計画面での対策(都心への機能集中の効果、集合住宅の増加、など)の効果を評価する。その評価のためには、都市の構造による二酸化炭素排出量、居住形態の変更による二酸化炭素排出量などを解析することが必要になる。

ロンドンの二酸化炭素排出量(2006)

ロンドンの2025年までの二酸化炭素削減目標

宇都宮市の温室効果ガス発生量予測
 
1-b) 大学キャンパスの二酸化炭素排出源と対策の解析(非実験)
社会実験として大学活動が原因となって発生する二酸化炭素を削減することは社会的な意味が大きく、東京大学においてもサステイナブルキャンパスプロジェクトが始められており、花木は深く関わっている。東京大学は二酸化炭素の削減目標を設定した段階にあるが、さらなる実態把握が必要である。東大全体では実験機器由来の電力消費が1/3,それ以外が2/3となっており、床面積あたりの電力消費量は、理系は文系の3倍程度である。本研究においては、東大キャンパスに対して考えられる施策とその効果の評価の精度を上げ、コストと共に実現性を評価することを行う

●キャンパスからの二酸化炭素削減に関する日経BPnetの小宮山総長インタビュー記事はこちら→
●学内広報でのサステイナブルキャンパス関連の記事はこちら→
   
1-c) バイオ燃料の活用による二酸化炭素(非実験)
バイオマスの利用の形態として、バイオエタノール生成、バイオディーゼル生成が進められつつあるが、その評価にはさまざまな論がある。実質的な環境負荷の削減効果への疑問、食糧との競合などが議論の論点になっている。本研究では、主としてわが国におけるバイオマス利用を対象にして、ライフサイクルアセスメントによりその環境面での効果を定量的に示すことを行う。また、希望によってはブラジルなど、海外の事例を取り上げることもあり得る。
 
 
2)有機物循環に関する研究
都市においては食品廃棄物や屎尿など様々な有機性廃棄物が生じている。これらは堆肥(コンポスト)化や飼料化により、都市および近郊農業エリアにおいて利用されるポテンシャルを有している。カーボンニュートラルであるバイオマスの利用は、温室効果ガス削減にも繋がることから推進が期待される。しかしながら、実際には、需給バランスの問題や、プロセスそのものの改善効率化を評価検討する必要がある。本テーマに即し、今年度は、バイオトイレやコンポスト化に関連するl研究を提案する。具体的には以下2-a〜dのような題目案が考えられる。

●バイオマスの有効利用に関して、さらに詳しく知りたい人はこちら→
●バイオトイレ(Dry Toilet)の現状と課題について、概要を知りたい人はこちら→

 
2-a) コンポスト化過程における発熱反応の改善(実験)
コンポスト化は、微生物による有機物処理であるが、その過程で熱を生じる。発熱に伴い堆肥の腐熟も進み、質の良い堆肥が得られる。食品リサイクル法の施行に伴い、多くの業者が食品廃棄物のコンポスト化に取り組んでいるが、発酵過程では経験的に微生物資材として様々なものが投入されており、学術的に発熱と、それに関与する微生物の関連を株レベルで精査した研究は見られない。コンポスト化における発熱反応は、質の良い堆肥を得るという面に加え、病原性微生物の回避という重要な側面も有している。しかし、実際には槽内での発熱が不十分で、高温を維持するには外部ヒーターの使用が不可欠なケースも多く、それに伴う電力消費が極めて大きいことから、途上国などへの適用を困難にしている現状がある。本研究では、発熱に関与する微生物を特定し、その代謝特性を精査することにより、コンポスト化過程を改善する方策を探っていく。本研究では微生物の代謝の中でも、発熱という新たな側面に株レベルで着目する点が斬新であり、さらに、上述したように工学や農学分野などへの応用範囲も広いテーマである。

フィンランドの有機廃棄物
分別ゴミ箱

横浜市食品リサイクル
加工センターによる

食品廃棄物
回収

堆肥による
作物生産

大規模堆肥化
施設例@埼玉

堆肥化モデル
施設例@埼玉
 
2-b) 中国アルカリ土壌に対するコンポスト投入による土質改善・硫酸塩による中和効果の検討(実験)
中国東北部においては年間降水量が数百mmと少なく、慢性的な水不足状態にある。それにより、フラッシング水の不足による不衛生なトイレ環境や、土壌中への塩類の蓄積、それに伴うアルカリ土壌形成に起因した低い生産性、塩類溶脱による浅層地下水の汚染といった問題が顕在化している。その中でも特にアルカリ土壌の形成は深刻であり、堅固化した土壌は全く耕起に向かず、十分な農作物収量が得られない状況にある。しかしながら、現地においては、少ない水資源をさらに井戸開発によりポンプアップし灌漑利用することで、地下水資源の枯渇及び、土壌のさらなる不毛化を招いている。このような状況下では、新たな視点からの抜本的な改善技術提案が必要と考えられる。本課題では、図に示すような新たな循環型システムを提案し、本システムを構成する2つのプロセスからの生成物であるコンポストと硫酸塩による土壌改善効果を、模擬土壌を用いた室内実験にて明らかにしていく。

山西省のアルカリ土壌地域

山西省のアルカリ土壌地域

現地の農家の様子

干上がった大地

提案する循環系システム
 
2-c) 新たな衛生設備に対する人の許容構造の解析(非実験)
水を使わないトイレは北欧での導入取り組みが進んでおり、コンポスト型のものであったり、屎尿分離型であったり様々なものが存在する。最近では、コンポスト化を有効に進めるため、槽内の水分が過剰にならないよう、屎尿を分離し、尿は液肥として、糞は堆肥として利用する、という屎尿分離型が推奨され始めている。バイオトイレの形状は通常の洋式トイレと大きく異ならないが、家庭での個別使用には、電力コスト(もしくはコンポスト化のための攪拌の煩雑さ)や臭気といった問題を有している。また、屎尿分離型トイレの場合には、利用する人の性差、生活習慣や文化により、許容構造には違いがあると思われる。本研究では、近年導入されてきた衛生付帯設備(ウォッシュレット、便座ウォーマー、便座消毒液、ペーパータオル、エアタオル、音姫等)の人々への許容構造の解析、及び新しく導入が進みうる衛生施設としての、バイオトイレと屎尿分離型トイレに対する市民の意識を、アンケート及び統計解析により明らかとすることにより、新たな衛生施設導入に際しての、課題と導入方法の検討を行う。

屎尿分離型
トイレ

コンポスト型トイレ
@Finland

バイオトイレ設置試験例
@インドネシア

コンポスト型
槽内の様子

設置例
@北海道旭山動物園

世界の衛生施設普及率
(2004)
 
2-d) バイオトイレ導入に伴う都市および近郊農業エリアにおける物質循環構造の評価(非実験)
バイオトイレは、水使用量の節約や、衛生改善に繋がると同時に、右上図にも示すように現地のバイオマス(例えばトウモロコシの残渣など)を担体として人の屎尿を処理し、そこからコンポストを生じ、それを農地に還元させるという、有機物循環を形成することが可能である。本課題では、バイオトイレ導入や、それ以外の有機性廃棄物(食物残渣や農業残渣)有効利用シナリオを、ある地域(中国など)を対象として提案し、当該地域での需給バランスや二酸化炭素削減可能量の評価を行う。

稲藁・籾殻は
アジアで

利用可能性の
高いバイオマス

 木質バイオマスによる発電例
@長野

農業廃棄物の河川投棄
@ベトナム

農業廃棄物の河川投棄
@ベトナム
 
 
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 環境システム研究室2008年度版パンフレット